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                           徳利を愛でる

                          

九州の古陶を扱っておれば、「徳利」に、唐津のお預け徳利を首座に置かないわけにはゆかぬ。
だが、唐津のお預け徳利の良いものは当時(私が古物売買の道に足を踏み入れた40年前)でもすでに高嶺の花であり(すなわち駆け出しの骨董屋などには手の届かぬ高額で取引されていた)、贋作の多さにも弱らされた。一度だけ、九州脊梁山地の村の民家に伝わっていたという朝鮮唐津の優品を入手し、毎年、企画をさせていただいている「アートスペース繭」に出品したことがあったが、さすがにそれはすぐに売れて手元には残らなかった。特殊な徳利の使用例は、「神楽」にあり、御幣を差した徳利が、神楽開始の神事や中盤の山の神儀礼が組み込まれた演目などに使用される。これらは、「九州根来」と呼ばれる漆器(木彫)の徳利や唐津系の優品である例が多い。
だが、徳利は、そのような「上手」のものばかりではない。庶民の使った変哲もない酒徳利や醤油徳利、油徳利などにも、愛すべき品が転がっている。それらは、骨董の世界では「貧乏徳利」と呼ばれたりするが、「民藝」という美学や「アートアンティーク」という視点に照らしてみれば、いずれも一級の美をそなえた逸品というべきである。


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               唐津 刷毛目徳利
                         江戸時代 

変哲もない徳利である。あまりの平凡さに、細部や底部などの写真を撮る作業をやめてしまったほどである。それは夏の夕暮れ時のことだったが、庭先で開きはじめたおしろい花を摘んできて活けてみると、たちまちたおやかな女性があらわれたような香りが漂い、良い気分であった。平凡とはいっても、良く見ると、淡い土色の基部に白土を刷毛目で引き、首から口縁へかけて褐釉がかけられて、渋い。今、藪椿が咲き始めている。近々、一枝、投げ入れてみようと思っている。


                     

                唐津 刷毛目徳利
                          江戸時代 

やや大ぶりの徳利である。たっぷり一升は入るだろう。豪快な刷毛目が一気に横に引かれて、胴部のふくらみを一層ゆたかにみせている。台所の土間に並べられたものだろうか。それとも囲炉裏端で酒好きの亭主の横に据えられたものであろうか。実用一点張りの器に、このような意匠を施す美感がうれしい。


                     

                唐津徳利 江戸時代 

酒徳利であろう。「絵唐津」とは、桃山の鉄絵の器物を指すが、この幕末頃の徳利には絵唐津と称するには気がひけるほどのささやかな絵が付いている。たっぷりと酒を吸い、びっしりと貫入の入った肌に、呉須で描かれた花の絵。牡丹か、桔梗か、あるいは笹の葉か。判別できないほど省略が進んだ絵柄は、もはや「抽象」の域に近づきつつある。

                     

                 唐津 徳利  
                  江戸時代 

口縁から首へかけての鉄錆色の釉がかかっていなければ、取り立てて見どころのない徳利であるが、この、もう少し窯変が加われば辰砂に近い発色が得られたであろうと思われる風合いが、この徳利を好ましいものにした。
千筋にも見える細目の刷毛目も、控えめなデザインと見ることができる。胴部の膨らみの部分を刷毛目と刷毛目に挟まれてたやや右肩上がりの一文字に見立てることもできる。一ヵ所、刷毛の「止め」が残っており、無作為のアクセントになっている。


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                       唐津 打ち掛け徳利
                      江戸後期〜明治初期頃

これは、豪快な打ち掛けの徳利である。思い切って横に流した釉薬の文様は、完全抽象の域。これにより、一升徳利という日常の器が、宇宙的な空間となった。幕末から明治初期といえば、国家の形態が変わり、はげしく価値観が変動した時代である。この時代に、庶民は、このような豪放なデザインを生み、愛好したのである。そのことに、ある種の憧れさえ覚える。

              

               染付け徳利 産地不詳
                  江戸時代

高さ11センチ、胴の膨らみの部分8センチ。小ぶりの愛らしい徳利である。私が呑ン兵衛ならば、迷いなくこれを愛用の徳利とするだろうが、私はあいにく燗酒を嗜まない。あざやかな藍色の絵付は秋草。
文人画風の岩場に可憐な撫子(ナデシコ)が咲く。草原の花であるナデシコと岩山はつり合わないが、このような景色がまったくないともいいきれない。たまたま草原に小さな岩場あって、そこに咲くナデシコを旅の画人がみつけたとすれば、このような絵柄になることもあり得る。こう書いていて、由布岳山麓の草原を思い出した。あそこなら、草原の中に小規模の岩場が点在する。もしかすると、これは実景写生かもしれない。背面にはトンボが飛んで、いかにも澄み切った秋の空である。
この徳利を愛蔵して30年近くになるが、いまだに産地を特定できないでいる。たぶん「平戸」あたりだと思うが、伊万里周辺の平戸以外の窯という気がすることがある。一時、「平佐」のイメージが浮かんだが、平佐に比べると磁肌の肌理が細かすぎ、青みが足りない。あれこれ考えながら、今に至っているが、それもまた楽しみの一つなのである。


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